平和を実現する人々は、幸いである(マタイ5-9)
平和を実現する人々は、幸いである、
その人たちは神の子と呼ばれる。
Blessed are the peacemakers, for they will be called children of God.
(マタイ5-9)
「戦争は人間の仕業です」
これは、ヨハネ・パウロ二世教皇が1981年歴代教皇として初めて訪日したときの広島でのメッセ-ジの冒頭の言葉です。
戦争は、人間の欲望、憎悪、嫉妬、恨み、復讐心などから生まれます。
その戦争と対比される平和も、人間の業。わたしたちの努力なくしては生まれません。
社会の平和は身近な平和から生まれます。
たとえば、家族とのなごやかなひととき、友人とうちとけた語り合い、あるいはそのもとになる自分自身の心の平安です。
そんな平和を実現するためにわたしたちができることは何でしょう。
平和のために戦うこと、かもしれません。
ただし、それは敵との戦いではなく、自分との戦いです。
あなたの心の平安を乱すものはいったい何でしょうか。
もしもだれかを憎んでいるのなら、心の平安は訪れません。
もしもだれかに恨みを抱いたままであれば、心の平安はありません。
イエスは言われました。
「敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。悪口を言う者に祝福を祈り、あなたがたを侮辱する者のために祈りなさい」
(ルカ6-27~28)
「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである」
(マタイ5ー44~45)
敵を愛するなんてとてもできないと諦めないでください。
イエスが説かれる愛は、感情的な愛(ギリシア語で「フィリア」)ではなく、理性的な愛(ギリシア語で「アガペー」)なのです。
つまり感情的には相手を好きになれなくても、その人に親切にしたり、その人のために祈ったりすることでいいのです。
実際は、とても難しい自分との戦いですが……。